一護は自室のベッドに腰掛けて、天井を見上げた。 <br><br>「はー、苦しい。井上、よく食えたな」 <br>「えへへ、それほどでも。ご馳走さまでした!」 <br><br> ホールの半分は主役の織姫に与えられ、もう半分を黒崎一家で四等分した。事も無げに平らげる織姫の胃袋に、一家はいつも驚かされる。織姫は一護の本棚を物色し、次にレンタルをする本を選んでいる。その決して太っていない身体のどこにあの食料が蓄えられるのか、一護はまじまじと織姫の後ろ姿を見つめ、今日のことを振り返った。待ち合わせてカフェで茶をしばき、実家で自分の家族と食事をし、今は自室で二人きりでしかも自分はベッドの上。恋人であったらこの後どういう展開になるだろうかと思案する。もとい、ベッドの上に至るまでの展開を。しかし今のところ、一護と織姫は恋人ではないのだ、今のところは。 <br><br>「あ、これにしようかな」 <br>「どれだ?」 <br><br> 自分たちの今の距離感では彼女は自分の隣に座りかねないと思い、一護は本棚に近づく。だって何度も抱いたのだ、あのベッドの上で、何度も頭の中で。彼女と背景の白さが重なった瞬間の忍耐力に自信がなくて、一護は逃げた。本の説明をしている自分が他人事のようだ。真面目に話を聞く織姫の旋毛を横目で見る。その背中は、まるごと抱き締められそうなほどに小さい。今この時は、言葉で伝えるよりも口付ける方が簡単に思えた。頭の中ではずっとずっと先まで進んでいる。心臓はぐらぐらと揺れている。 <br> 一方で、一護が背後に近づいてきた瞬間、織姫は昨晩読んだ雑誌のページが頭を掠めた。いつもは潜んでいて出てこない欲望が顔を出してくる。例えば今、彼の両腕と壁との間に閉じ込められたらきっともう耐えられない。言葉よりも先に触れてしまう。それでなくても自分は一護の部屋に居て、満たされた彼の匂いに侵されているというのに。少女漫画より生々しい妄想が彼女の心を埋め尽くす。心臓がふわふわと泳ぐ。 <br> 触りたい、触ってほしい、触れたい、ふれたい、ふれたい。 <br><br>「……井上、そろそろ送ってく」 <br>「あっ、そうだね、そろそろ頃合いだねっ!」 <br>「あと、コレ」 <br><br> 息を飲みこむのを堪え、一護は声を発した。差し出した紙袋の中には織姫から借りた本と、ハンカチ程の大きさの包みがひとつ入っている。 <br><br>「改めて、誕生日おめでとう、っつーことで…」 <br>「わあ…!いいの?ありがとう、黒崎くん」 <br>「中は帰ったら開けてくれ」 <br>「はぁい」 <br><br> ふふふ、と甘いものを頬張っている時のような顔をする織姫は可愛らしいな、と一護は思う。同時に、邪な妄想をしたことに罪悪感を覚えた。織姫は織姫で、妙な妄想をしたことに罪悪感を覚えていた。またきてね、と無邪気に手を振る遊子の笑顔を見ると二人ともなぜか一層後ろめたくなった。確認しておくが、二人は互いに指一本も触れていない。 <br> 夏梨は「そろそろ一兄、帰ってこなくなるんじゃない?」とにやにやしながら言っていた。それを思い出して遊子は少し複雑な気持ちになりつつ、玄関の保安灯の明かりを消した。
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